MM2Hオンライン申請マニュアル公表

マレーシア政府観光文化省が2019年1月2日から運用開始するオンライン 申請マニュアルが同省によって公表されました。


同省が発表した原文は下記URLを参照してください。
http://mm2honline.motac.gov.my/


16ページに渡るマニュアルですが、新規申請の方を対象にしており、私のように10年満期者の継続申請に付いては全く触れられていません。


その内容は今まであった必要書類の書き方を説明しただけであって、必要書類はダウンロードして、必要事項を記入の上印刷し、サポーティング書類とともに観光省の窓口に持参するのと全く変わることがないので、何のためのオンライン申請マニュアルなのか、特に目新しい点はありません。


継続申請に付いて、オンライン化されることで、申請が簡易化されるということは全くなということが分かりました。


やはりイポーから申請する場合は仲介業者に任せたほうが楽そうだという結論に至りました。


日本の寿司

日本の寿司を食べたい、と思うときがあります。


KL駐在中にはフェデラルホテルの中にあった店の名前はもう忘れてしまい、現在では店の名前も変わってしまって味も変わってしまいましたが(今は海宝丸?)おいしく、安心できる寿司屋がありました。勿論、それ以外にもおいしい店があることとは思いますが。


イポーに移ってからは、残念ながら気に入った寿司屋は見つけられていません。寿司屋もどきの店はたくさんありますが、採算に合わないためか、本格的な日本の寿司を食べることはここでは無理なようです。


それにつけても思い出すのは、以前駐在していたジャカルタの寿司屋のおいしさです。中でもジャカルタ南部のスナヤン プラザにある(今もあるかどうかは未確認)鮨清やウイズマ46の中にあった(同様に今もあるかどうかは未確認です)すし屋はよく行ったものでした。


中でも、鮨清はおいしいのに値段も安く、土日のゴルフのあとの昼食によく行ったものでした。特にマグロが新鮮で食べ応えがありました。すしを食べに日本までというのは、土台無理な話ですが、ジャカルタまでなら行けそうな気がしています。


食は大事な要素だとつくづく思う今日この頃です。

インターネットバンキングで使われるTACまたはOTP

マレーシアのインターネットバンキングで取引するためには通常、TAC(取引承認コード)またはOTP(ワンタイム パスワード)を入力しないと次の段階に進めないようになっています。


このTACやOTPの使い方が各銀行によって違います。例えば、メイバンクでは、送金先を一旦お気に入りに登録してしまえば、2回目以降はTACが要求されることはありませんが、RHB銀行の場合は、お気に入りに登録していてもその都度OTPの入力が要求されます。


何故こんな問題を話題にしたかというと、携帯電話番号の登録問題に関わるからです。先日、携帯番号が無効となったので、新しい番号に切り替え、各銀行、クレジットカード会社、ゴルフ場、友人たちへに変更届を通知しました。


銀行への届出はインターネットバンキングにかかわるTACやOTPの通知がSMSで来るので最優先で行いました。


メイバンクから先日送金しようとしたところ、TACの通知先が変更前の番号に対して通知されますと出てきました。メイバンクは頻繁に使う銀行なので特に気を使って最優先で変更届をしたのですが、全く変更が反映されていませんでした。幸いにもRHB銀行の方は変更がしっかりと反映されていて、送金手続きは無事に出来たのですが、マレーシアのトップ銀行といわれているメイバンクのお粗末さは残念なことです。


ネット取引がスムースに出来ない銀行は存在価値が疑われてしまいます。


RHB銀行の場合は、お気に入りに登録した送金先であったも、OTPワードを都度入力しなければならないので、面倒に思うときもありますが、システム的には信頼性が高い評価を与えられると思います。

イポーのバクテー

肉骨茶といわれる、マレーシア独特のマレーシアン チャイニーズ フードはその発祥がクランの労働者の朝食だったといわれるように、クランを中心に広まった料理で、それ以外の土地の肉骨茶はクランの料理を真似たもので、亜流に過ぎないといわれています。


その料理の中身は、中国各地から連れてこられた中国人の肉体労働者が、肉体労働のための食事として、豚の内臓肉を含んだあらゆるものを、漢方の薬味で匂いを消して煮込んだもので、激しい労働に役立つ食事として考案されたものでした。中国各地から連れてこられたといっても、自分の意思でマレーに渡ってきたもので、朝鮮人の徴用工のように、強制されて連れてこられたとでたらめをわめき散らしているのとは異なり、その運命を自ら選択してきたものとして受け入れている中国人には尊敬の念さえ覚えます。


そのような背景を持つ肉骨茶ですから、クランバレー以外のものは亜流ということになるからか、イポーではなかなかこれといった肉骨茶には出会えませんでした。たまに、いい店かもしれないと思って、次回行ってみると、経営者が変わったためか、むしろフードコートで食べさせる肉骨茶のほうがまだましだといえる程度のものでした。


イポーガーデンの外れにあるケイニング ガーデンといわれるレストランもそんな一つで、前に入ったときは、そこそこの味だったので、今回再び入ってみると、もう二度と行きたくないという味に変わっていたりします。短期的な利益獲得を目指して営業しているので、長期的な視点では営業はしていないということになるのかもしれません。


そんな中で、今回発見した肉骨茶はその中身、接客態度、客の評判などあらゆる点で豪黒点をつけられる店でした。好みの部位をちゃんと聞いてくれ、英語がはっきりと通じることも加点材料です。朝早くから営業しているようですが店は満員で、従業員が活発に客の対応に当たっています。店の名前は”Lee Soon Bak Kut Teh”で地図で検索すればすぐ出てきます。場所は旧市街から程近いところです。

墓と家系

イポーに来て特に印象的だったのは墓が市の中心部にあり、しかもあまり管理がされていないように見受けられたことでした。


イポーの中心地ともいうべきWEILホテルのはす向井にも墓地があります。さらに其処から東へ2kmほど行くと王族墓地に続いて、広大な墓地が広がっています。


墓は土葬が一般的なこともあってか、死者個人一代のもので、中には写真つきの墓地もあります。墓に埋葬されるのは個人だけであって其処には家系という思想は見受けられないように感じました。子孫が先祖の墓参りをするという習慣はないようです。


従って、死者個人との結びつきが年とともに薄れてくるに伴い、だんだんと墓参りの機会も減少していき、墓地の管理も年々の劣化に任されていくという状態になってしまうのでしょう。本当に荒れるに任せた墓の多さには目を覆うばかりです。



翻って、我が家の場合はどうかというと、残念ながら決して胸を張れる状態ではありません。特に海外駐在で日本を離れて以来、時々日本に帰る期間はあっても、満足に墓参りも出来ていない状態が続いています。墓地は寺に隣接した小さな中庭のよう場場所にあり、祖父の時代に回りに点在していた一族の墓石を一箇所に集め、その中心に“先祖代々の諸聖霊位”と刻まれた大きな墓石を建立したものです。その中でも確認できる最も古い墓石は江戸時代の初期とも言える「元禄12年6月21日」に亡くなった私から9代前の方の墓で、それ以前の墓は確認できていません。それ以前は墓石を立てる習慣がなかったのかもしれません。今に残る家系図にはそれよりもさらに3代前までの方の名前まで分かっているのですが、その墓の所在は不明です。


これからの子孫のことを考えると、先祖の名前、足跡ぐらいは残しておいてあげて、どんな人がいて自分に繋がっているのかは教えてあげたいと思っています。死んだ後は野となれ山となれという考え方もあろうとは思いますが、そうした考え方は私はとりたくありません。こんな人が居たんだと、昔を偲ぶよすがにでもなれば、と考えています。