ゴルフで出会った人たち その2

イポーに来てまだ日も浅く、ゴルフ会員権を取得してからまだ2週間もたっていない現時点で、イポーのゴルフ場で出会った人と言っても、自ずからその数は限定されています。それでもウォーキングゴルフをやると、自然と組会わせができるので、何人かの人と顔見知りになり、いろいろな話を聞くことができます。


73歳だという中華系の人と同じ組で回ったときに聞いた話ですが、彼が会員になったのは1993年のことで、そのときの会員権価格は200ドル(当時はリンギとは言わず、マレーシアの通貨をドルと称していました。現在もお年を召した方はリンギとは言わずにドルと言う人がいます。USドルと区別するため、日本でもマレーシアドル、またはMドルと言っていました。)だったとのこと。現在は週3回コースを回っているそうです。ドライバーの飛距離はあまり出ませんが、ゴルフ理論はしっかりしたものをお持ちで、私がミスショットをしたときには、アドバイスをいただいたりしました。


イポーは70%が中華系なので、自然と中華系の人と知り合う機会が高くなりますが、別の日に知り合ったやはり中華系のオンさんは、仕事の関係でマレーシア各地を移り住んできて、去年仕事を引退し、イポーに転居したということでしたが、私がKLから転居したことを話すと「それはいい決断だ。KLは車が多すぎて、住む所ではない。奥さんが転居したいと言ったのでしょう?」と聞くので、「いえいえ、私がKLの渋滞と駐車問題でいやになって、移ってきました。むしろ妻はKLのほうがいいらしく、今でもKLのあの店がおいしかったとか、こちらでは欲しいものも買えない、とか文句ばかりです。」と言うと「食べ物はイポーの方が安くておいしいよ。買い物にしてもKLまで200kmだから簡単にいけますよ。」と返してくれました。妻の発言はまだまだイポーのことを知らないから出る発言だということでしょう。


マレー系の人たちにも声をかけられ、私が日焼けしているからか、「奥さんは日本人だと分かるけど、旦那さんはマレー人?」と聞かれたり、「このゴルフ場には日本人がたくさんいますよ。でも多くの人が帰ってしまって、昔からいる人は少なくなった。」と言って残念そうな表情を浮かべます。中華系の人もマレー系の人も昔イポーに住んでいたという何人かの日本人の名前を挙げて懐かしがっていました。


このような会話から、先人の日本人はこちらの人に懐かしがられるほど、現地の人に溶け込み、好印象を与えてきたというのが分かります。私としても、日馬交流の架け橋に、などという大それたことは思わないまでも、日本人の少なくてもマイナスのイメージを残さないようにしようとは思いました。


こういうこともありました。朝一番のスタートを狙って7時前にゴルフ場に着いたことがありましたが、まだ暗いというのに、スタートに近い場所の駐車場はほぼ一杯で、数台の空きしかないという状態でした。受付でアウトとインに割り振られ、その指示で割り振られたコースに行くと、中華系のおじさんがそこの主みたいに、スタートを仕切っています。後から来た人が先にスタートしていくということもある状態でした。


新参者なので、文句を言うことは控え、様子を見ていましたが、このおじさんの組の作り方が合理的で、プレーが早い人を先に行かせ、プレーが遅い人と早い人を組み合わせるというような配慮をしているのがわかりました。彼のやり方にお任せするのが、全体から見れば合理的だと思った次第です。イポーでのゴルフ生活はこのようにスタートしました。


次回は話題を変えて、人生について思ったことを書いてみたいと思います。

×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。