墓と家系

イポーに来て特に印象的だったのは墓が市の中心部にあり、しかもあまり管理がされていないように見受けられたことでした。


イポーの中心地ともいうべきWEILホテルのはす向井にも墓地があります。さらに其処から東へ2kmほど行くと王族墓地に続いて、広大な墓地が広がっています。


墓は土葬が一般的なこともあってか、死者個人一代のもので、中には写真つきの墓地もあります。墓に埋葬されるのは個人だけであって其処には家系という思想は見受けられないように感じました。子孫が先祖の墓参りをするという習慣はないようです。


従って、死者個人との結びつきが年とともに薄れてくるに伴い、だんだんと墓参りの機会も減少していき、墓地の管理も年々の劣化に任されていくという状態になってしまうのでしょう。本当に荒れるに任せた墓の多さには目を覆うばかりです。



翻って、我が家の場合はどうかというと、残念ながら決して胸を張れる状態ではありません。特に海外駐在で日本を離れて以来、時々日本に帰る期間はあっても、満足に墓参りも出来ていない状態が続いています。墓地は寺に隣接した小さな中庭のよう場場所にあり、祖父の時代に回りに点在していた一族の墓石を一箇所に集め、その中心に“先祖代々の諸聖霊位”と刻まれた大きな墓石を建立したものです。その中でも確認できる最も古い墓石は江戸時代の初期とも言える「元禄12年6月21日」に亡くなった私から9代前の方の墓で、それ以前の墓は確認できていません。それ以前は墓石を立てる習慣がなかったのかもしれません。今に残る家系図にはそれよりもさらに3代前までの方の名前まで分かっているのですが、その墓の所在は不明です。


これからの子孫のことを考えると、先祖の名前、足跡ぐらいは残しておいてあげて、どんな人がいて自分に繋がっているのかは教えてあげたいと思っています。死んだ後は野となれ山となれという考え方もあろうとは思いますが、そうした考え方は私はとりたくありません。こんな人が居たんだと、昔を偲ぶよすがにでもなれば、と考えています。

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