マハティールが6月中旬訪日

マハティール首相が来週日本を訪問することが報じられていますので紹介します。。記事原文は下記URLを参照してください。https://www.thestar.com.my/news/nation/2018/06/02/dr-m-to-revive-look-east-policy-at-conference-in-japan/


引用はじめ
マハティール首相は6月中旬にに開催されるフォーラムで、1980年代に彼が提唱した“東方政策”を再び持ち出す計画です。


6月11日と12日の2日間に渡って日本で開かれる、”第24回アジアの将来に付いての国際会議”で演説することになっています。


メディアに対して「日経新聞が主催する年次会議のため、訪日するが、この訪問でマレーシアと日本の関係が深まることを願っている。アジアの将来に付いて語るため、毎年このフォーラムには参加しています。」とマハティールは語りました。


今回の訪日はマハティールが第7代の首相就任以来、初めての国外出張となります。


一方、マハティールは1MDB問題について、「政府は1MDBの債務問題について、特に国際石油投資会社(IPIC)とまだ討議していない。まだその段階には至っていない。金銭貸借協定書の意味をまだ検討しているところだ。」と語っています。


引用終わり


マハティールが”東方政策”を提唱していたからといって、短絡的に彼が親日的だというのは間違いで、東方政策を提唱した動機は、怠惰なマレー人の姿と日本人の勤務態度を比較して、マレー人を叱咤するために提唱したものだと思います。そうは言っても、隣国のシナ、朝鮮の様に日本を貶める言動を繰り返すことは全く無く、一定のリスペクトを持ってくれていることは事実です。


日本が第二次世界大戦で、当時イギリスの植民地だったマレー半島に進駐したことは歴史的事実ですが、イギリスを駆除することが目的であって、マレー半島の原住民に危害を加える意図は全く無かったと思います。また逆に、戦後マラヤ連邦、さらにマレーシアとしてイギリスから独立できたことに、日本が貢献したという主張はツーマッチでしょう。日本の進駐により、当時イギリスの下でエスタブリッシュメントの地位にあった原住民の中には、危害を受けた人は必ず存在します。


日本がマレー半島に進駐した当時、マハティールは16歳の若者で、彼の両親は学校の校長だったのですが、日本の進駐後、その職を追われており、その意味では彼は日本に危害を受けていた一人だといえます。


それでも、1980年代になってから、過去のいきさつを度外視して、未来を見つめ、日本人を手本にしようという提唱を行ったことから、彼が公平な目を持っていることは確かなことだと思います。

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