高校時代4

今年の4月に卒業50年を記念した同窓会が行われました。


高校卒業後、同窓会に出たことはそれまでなかったのですが、たまたま、マレーシアを訪問していた同窓のK君から、「今度4月に行われる卒業50年の同窓会が最後の同窓会になるかもしれない。」という話を聞き、なぜか回顧に耽ることが多くなっていたこともあり、スケジュールを調整して出席しようという方向に傾いていきました。


後日、詳しくご披露する機会があるかもしれませんが、4月に、8年間住んだKLを去り、イポーに移ることを既に決定していたこと、また、3年前になくなった母親の3回忌を8月に実施することが決まっていたこと、また双子として生まれた孫の面倒を4月下旬から3ヶ月間は見なければならないこと、これらのことを考えに入れ、4月始めに日本に一時帰国し、8月上旬にマレーシアに戻ってくるスケジュールをたてました。


高校の同期は男女合わせて400数十名でしたが、なんと3分の1強の約150名ほどが出席しました。


同窓会といってもクラスが違うと殆ど付き合いがなく、顔見知り程度の間柄で、そんな事情もあり、クラスごとに纏まっての歓談になりました。


学園祭で当時流行っていたエレキギターのバンドを作って、ビートルズを弾いたS君は、今でもバンドを編成して時々ビートルズの演奏をやっているという話や、会社を卒業してから大学で教えていて、70歳まで仕事を続けるつもりだという人がいたり、九州からわざわざ東京まで同窓会参加のため出てきた主婦がいたり、警察庁に入ったOさんが2010年に角川文庫で「捜査指揮」という本を出していたことなどが話題となりました。


現況を語ると、互いにやっかみが出たりするかもしれないという配慮からか、話題は昔話が中心で、懐かしい話に花が咲き、二次会も含め、あっという間に時間が経っていたという感じでした。行って良かったと思いました。


私が8月初旬まで日本にいることから、後日親しいグループが7月下旬に別途集まってくれました。


そこでの話題は昔話よりも、現在の話が中心になり、税金対策とか、人間ドック不要論、孫の進路問題など、年相応の現在の話が中心でした。


申告所得を減らすにはどうすればいいか、老い先短いのに人間ドックに入って悪いところが見つかっても治療する必要はなく、寿命に任せたほうがいい、かえって治療の過程で死ぬこともある、とか、今は教育水準が高くなり、私立小学校に孫を入れるにも幼稚園の先生に希望校を言うと、「幼稚園の成績から見て、そこは無理です。」と言われたとか、温暖化の話は一時流行った二酸化炭素排出権の売買と同様にどうもインチキくさいとか、なかなか面白い話題でした。


本音で話せる友人がいることはありがたいことです。しかも同じようなレベルの知的水準の仲間なので、言っていることがよくわかります。ちなみにこのグループは私以外は全員理科系です。


税金対策の話などは興味がある話ですが、本稿ではそれを語ることは趣旨ではないのでここでは割愛させていただきます。


高校時代の友人たちは本当に貴重だと思いました。


次回からは大学時代の話に移らせていただきます。

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